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楕円の夢を眺めて、踊りながら帰る

音楽

 帰り支度をして、外に出たらすっかりと秋だった。薄着で来てしまったなと少しだけ悲しいふりをしたものの、細胞のひとつひとつがはしゃいでいるのが解る。大好きな温度でじっとしていられなくなる。夏の葬儀がずっと続いているような、淋しくて華やかなお祭りを思わせる。出社するときはマーズヴォルタを聞いていたのだけれど、帰り道は寺尾紗穂さんの歌を聞きながら、踊るように歩いた。「楕円の夢」ってアルバムが大好きでずっと聞いている。「愛よ届け」の手の描き方が好きだ。

最近出たアルバム「わたしの好きなわらべうた」も素晴らしい。寺尾紗穂さんが厳選したわらべうたは、知らないものも少なくない。「寺山修司になりたい」と口癖のように唱えている僕は、収録されているわらべうたについて考察した連載も楽しみにしている(なかなか更新されない)。いつか書籍にまとまるんだろうか。こんな曲どこで見つけてきたのか、という疑問が綺麗に解決される上に、民俗学的にも大変興味深い内容でおすすめ。

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 童謡でも唱歌でもないわらべうたは、農村や田園をバックボーンに持つのだと寺山修司は語る。子守唄や手毬唄は、暗い歌詞も少なくない。寺山修司にとって童謡はかなたのもので、まぶしく、うらやましく、なつかしいけれど同時に悲しいという感じだったそうだけれど、わらべうたは悲しいというより「みじめ」という感覚だったそうだ。

 もうすぐ悲しい日付がやってくるけれど、数字は数字でしかなくて、同じ日が来るわけじゃない。分かりきっているのに乾いて澄み切って冷え切った空気が、体を当時の僕にすり替える。細胞が元に戻っていく錯覚をもつ。わらべうたもきっとそういう記憶装置なのだと思う。根底の淋しさを揺さぶられるようなメロディにネジを巻いてもらいながら夜を歩いた。もうすぐ、悲しい日付の新しい日がやってくる。

楕円の夢

楕円の夢