2月のソーダ割り

「雪の日はよう走らんですよ」と運転手さんが云う。
「まあでも、うちの会社は全車スタッドレス履いてますから」

自慢気な運転手さんの言葉にへえすごいですねえと相槌を打つ。同じことをつい最近、他の運転手さんからも聞いたのだった。話しかけられるのが苦手だから、先に話しかけることにしている。寒いですねえとか、雪ばっかですねえとか、こういう日は引っ張りだこですよねとか、僕はMKさん大好きなんですよとか。天気の話と、雪の日の運転の大変さについて聞いている間に家までたどり着く。雪の日はやっぱり運転が大変で、降ってくる雪に酔ってしまうのだそうだ。雨よりも風に流されやすい雪は、フロントガラスの前で容易に向きを変えてしまう。北のほうに行けばもう路面も大変なことになってて、35キロでスリップした話も聞いた。今年はやたらと雪の日が多くて、タクシーを拾って帰ることが多い。いや「タクシーを拾う」なんていうけれど、こんな日に走ってくれているタクシーに拾ってもらっているんじゃないか。


ねえ運転手さん、僕は今日ねむくてねむくて仕方がなかったんです
今ぼくはひらがなでねむいっていう感じです
ずっと考えごとをしていたのだけれど、
捕まえられそうになるとねこじゃらしみたいに抜け出していくんです
きっとこういうときに追い続けないめんどくささが人生を殺していくのでしょう
ねえ運転手さん、子供の頃欲しかったものの話をしませんか
僕は子供の頃欲しかったものの話と
一番古い記憶の話が大好きなんです
あの麦わら帽子はどこにいったんでしょうかねえなんて
ほら人間の証明がリメイクされるらしいですよ
字面がいいですね、人間の証明のリメイク
証明だとか条件だとか、人間ってなんなんですかね
どうにも狡くて
もっといえば狡猾で
けものへんの生き物じゃないですか
それを飼いならす「品」みたいなものが
人間の価値そのものって気もしますけれど
美しいものを褒め称えることが
美しいあり方を模倣することが
人類を遠くまで連れてきてくれたのかもしれないですけど
人間ってなんなんでしょうね
人の間に生まれてきたってだけで
まだ人になれないんですかね

そんな話をすれば良かったのかなって階段を登りながら思いつつ、1日のことを振り返る。本当は一人で食べようと思ったけれど、人とご飯が食べられてよかった。魔法が解けていく音、音も立てずに大人になる女の子。あなたがいてくれてよかったと、たくさんの人に感謝している。あなたがいてくれてよかった。

作家はみんなかういふものであらうか。告白するのにも言葉を飾る。僕はひとでなしでなからうか。ほんたうの人間らしい生活が、僕にできるかしら。かう書きつつも僕は僕の文章を氣にしてゐる。

太宰治 道化の華

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