夜が膨らむ

 大学生の頃、よくパンを焼いた。始めたきっかけはよく覚えていないけれど、初めて焼いたパンのことはなんとなく覚えている。インターネットで知り合ったレシピ様の忠実かつ集中力のない下僕として言われるままに作業してみると、思いのほかしっかりとした美味しいパンが焼きあがる。様々な工程の中でも、パンが膨らむ様子はとても美しくて、子供が生まれたような、子供がすくすくと育つような感慨があった。

 パンを焼いた話をしたら「うちにも焼きに来てくれ」とあちこちからオファーが来るようになった。なぜかみんな家にドライイーストがあったし、自分の家で焼きたてのパンを食べられることは幸せなことだと思う。他人の労力だとなお嬉しいという人が多いのだろう。パンは完成するまでに時間がかかるので、普段しないような話もした。それは僕にとって楽しいことだったし、色んなことを教えてもらった。そしてやっぱり、パンが膨らんでいく様子は美しくて好きだった。まだ朝にならないうちに眠い頭をぶら下げて帰ると、夜もなんだか膨らんでいるような気がした。「昼は太陽がいる間だけの幻で、夜が正しい状態である」とかよくわからないことを考えながら歩く。太陽に照らされて日陰に押し込まれていた夜が膨らむ。夜のレンズで月が大きく見える。

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